Prologue 5/7


どうでもいいことは置いといて…

七は何者になるのか?

七 「…私、偉くなるのかな?」
永世「偉そうだった?」
七 「いや、普通の感じだったよ。今、家にある服着てたし」
中 「裕福ではないと」
七 「こら。今もってる洋服の中では一番上等なやつ」
中 「…裕福ではないと」
七 「…間違ってはないと」

またも落ち込む2人。

永世「だから、見てみれば?」
七 「え?」
永世「ファイルの中身」
七 「だから、恐いって」
永世「恐くても。見ないと何にも解らないでしょうが!」
七 「そうだけど… それ誰のマネ?」
永世「誰のマネでもいいでしょうが!」
中 「…そうだね」

急に真顔になる中。

七 「は?」
中 「うん。見てみようよ!」
七 「いやだ!」
永世「でた。七イズム」
七 「違う。これは子供の頃からの… クセ。ほぼ条件反射」
中 「ちーなーみーに」
永世「ん?」

中、永世に耳打ち。
しかし、声がでかい。

中 「永世のお姉ちゃんはなんでこういうことになっちゃったの?」
永世「知らないよ」
中 「ものすごく天邪鬼だよ」
永世「中はえらいなって思っているよ」
中 「こういう機会だから聞いてみるけど。お姉ちゃんは、幼少期に何か大きな出来事があったのかな? トラウマ的な…」
七 「だだ漏れ! 私の過去はどうだっていいでしょ」
中 「とにかく、見てみよう!」
七「いやだ! 違う。クセ」
中「ちーなーみーに」
永世「ちなむな。ってか、いつもどうしてるんだよ?」
中「耐える」
永世「…うん。じゃ、いつも通りで」
中「了解」

中は拳を握り、
膝の上に置く。

ガマンの姿勢。

永世「姉ちゃん。見ないと何にも進まないだろ?」
中 「もしかしたら、ドッキリって看板持ってるかもしれないよ?」
永世「3年後の姉ちゃんが? 暇だね」
中 「本当に。…本当に、七に伝えたい事があるかもしれないし」
七 「…そうだね」

七は自分の頬を叩く。

中 「七?」
七 「…解った」
永世「姉ちゃん」
七 「私、見てみる」

3人の視線が CD-R に集まる。

七 「永世」
中 「永世」
永世「…は?」

なぜ自分が呼ばれているのか、
皆目見当がつかない永世。

永世「…え? 何?」
七 「何じゃなくて」
中 「ファイルを見ようって言ってるんだよ」
永世「そうだね」

2人は永世を見ている。

永世「…え? ごめん。解んない」
七 「パソコンでしょうが!」
中 「パソコンないと見れないでしょうが!」
永世「ダブル… いや、持ってないけど」
七 「…え?」
中 「…え?」
永世「持ってないけど」

永世、両手を広げて『ない』のポーズ。

中 「えー」
七 「えー。それなのに、見てみたらとか言ってたの?」
永世「別にパソコン持ってるとか言ってないでしょ」
中 「マニアックな話ばっかりしてるから、てっきり」
永世「人をおたく扱いしないでくれる。今どき、携帯あれば何でも出来るし」
七 「携帯に CD は入れられないでしょうが!」
永世「それ、気にいったの?」
中 「うう、ああ、おお …でしょうが!」
永世「言いたいだけかい」

3人、腕組み。
考えてみる。

中 「…どうしようか?」
永世「どうしようかね?」
七 「家に帰って見る」
中 「そうだね」
永世「ま、それしかないね」
中 「そうしよう」
七 「いや… そうしよう」
永世「お、イズム飲み込んだ」
中 「よし、そうと決まったら注文しようか」

勢いよくメニューを開く中。

中 「まだ得盛りセットしか頼んでないしね」

間。

七 「…え?」
永世「…え?」
中 「…え?」
七 「ご飯食べるの?」
中 「…だめかな」
永世「こんな謎を抱えたまま、ご飯食べるの?」
中 「せっかく来たし」
永世「おいおい」
中 「今日は、七の、退職の、お祝いでしょうが!」
永世「気に入ってんな」
七 「退職のお祝い?」
永世「…おかしいおかしい」

間。

中 「…今日は、七の、お疲れさま会でしょうが!」
永世「編集点つくるな」
中 「だから、初めて個室頼んだんじゃないの? ちょっと豪勢にしようかって。なんか、流れでいつもの得盛りセット頼んじゃったけど。ほら、頼んじゃってるし。肉くるよ。頼んじゃったから」
永世「いやいや。一刻も早く見るべきなんじゃないの、3年後の姉ちゃんからのメッセージだよ」
七 「そうね」
永世「そうだよ」
七 「メニュー見せて」
中 「はいはい」

中、七にメニューを渡す。

永世「えー」
七 「せっかく来たし」
永世「えー」
中 「それにさ、急な話だったら、ここには持ってこないでしょ」
永世「どういうこと?」
中 「向こうは、1回この状況を経験済みだよね。未来から来たんだから。だったら、七がパソコン持ってるときに現ればいいのに、何で今現れるわけ? 職場に現れれば、すぐに見れるって解ってるはずでしょ? なのに、ここを選んだってことは急な話って訳じゃないってことでしょ。とりあえず、ご飯食べる余裕くらいある気がする」

中がまともなことを言っている。

永世「…なるほど」
七 「なるほど」
永世「姉ちゃん?」
七 「そんなに深く考えてなかった」
永世「考えよう。姉ちゃんの事だから」
七 「でもね。中の言うとおり。まあ、パソコン持ってないところに現れるって。そんなところは私っぽいんだけどね。…まず、私の性格を解ってない感じなのよね」
中 「どういう意味?」
七 「中を見なさい。そして、未来を変えなさい」
永世「3年後の姉ちゃんが言ったんだろ?」
七 「どう考えたって… 見ないのよね」
永世「は?」
七 「私はね。『見ろ』なんて命令されたら、お断りって言う女じゃない。もう言ったけど。それくらい、私なら解るはずなのよ」
中 「確かにね」
永世「七イズム」
七 「私は。…天邪鬼なのよ」
永世「知ってるよ。超がつくけどね」
中 「超だね」
七 「だから、何か。…見てやるもんかって気が、どっかんどっかん沸いてきてるのよね。別府か? てくらい。どっかんどっかん」
永世「え? わざわざ、タイムマシンにのって、姉ちゃんに何かを伝えにきた姉ちゃんの思いは?」
七 「私なら、もっと私が見るようにしむけると思うのよ。…やっぱり、幻だったのかな?」
永世「CD あるから」
七 「下手なのよ。私のくせに。私の扱いが」
永世「扱いって」
中 「なるほどね」
永世「いいのかな?」
七 「もしも、すごく知っとけばよかった思うことが入っていたとする。タイムマシンに乗ってる時点で、たぶん、そういうことなんだろうって思うけど。・・・永世、3年前の今頃って何してた?」
永世「俺? …3年前? …あ。バイトしてた。彼女にプレゼント買おうと思って、2個掛け持ちして」
中 「永世、彼女いたんだ?」
永世「3年前はね。クリスマス前に振られた」
中 「オカルトおたくだから?」
永世「違うわい」
七 「左足がくさいから?」
永世「違うわい」
中 「えっと、えっと」
永世「探すなよ。院の論文の時期と重なって、全く会えなくなったんだよ」
中 「イン?」
七 「ズーム?」
永世「大学院! 知ってるよね」
七 「ユーモアが解らない男だね」
中 「人生を楽しめ」
永世「うるさい!」
七 「でもさ、それから、いろいろあったでしょ。そんなこと忘れるくらい」
永世「…まあ。いろいろあったね」
七 「3年っていろいろあるのよ。いろいろあるくらいの年月なのよ」
中 「永世と初めて会ったのは一昨年の冬か」
永世「ん? そうだね」
中 「まだ2年くらいだけど。こんな風に一緒に話してる。3年前は、まだ2人は知らない人間同士だったのに。今では友達以上・・・兄弟未満って感じ?」
永世「聞くなよ。気持ち悪い」
七 「仕事辞めるとき、勇気出したの。将来のこととか、いろんなこと考えると不安だったけど。私は、後悔しないように決断しようって。これからもそう生きられるようにしようって。だから、仕事やめた」
永世「うん」
七 「心配かけたと思うけど」
永世「まあ、中もいるし」
中 「何とかなるでしょ」
七 「・・・だから。これは見ない。はい。お断りよ!」
永世「何でそうなる?」
七 「お断りよ!」

七がそう叫ぶたび、
蛮画廊の店主はびくついている。

やっと、肉をまっすぐ切れる程には落ち着いてきたが…
落ち着けば落ち着くほど…

なんだか怖くなってきている。

店 「…何事か?」


物語は始まらない。
これはまだプロローグ。


Prologue 6/7へ

Prologue 4/7



話は個室の中へと戻る。

永世「…もしかして」
七 「きたきた」
中 「もしかして?」
永世「タイムマシンかも」

永世の目はキラキラしている。
中と七は身を乗り出す。

七 「なになに?」
中 「なんだろう?」
永世「だから…」
七 「なになに?」
中 「なんだろう?」
永世「タイムマシンぐらい解るだろ?」
中 「青い猫が乗ってるやつ?」
永世「なんでボカす」
七 「ロボット侍が乗せてもらってるやつ?」
永世「なんでボカす」
中 「おお」
七 「タイムマシン?」
中 「じゃあ。3年後の七が今の七に、タイムマシンに乗って会いにきたってこと?」
永世「そう考えるのが自然じゃないのかな?」
七 「自然。…自然?」

中は首をすくめる。

七 「自然?」
永世「ああ。不自然さ」
中 「質問」
永世「何?」
中 「タイムマシンってあるの?」
永世「は?」
中 「タイムマシンってあるの?」
永世「…まだ、ないでしょ。たぶん」
七 「じゃあ、3年後にはできてるってこと?」
永世 「3年後…」
中 「3年じゃさすがに無理なんじゃないの?」
永世「いや、技術の進歩は半端ないからね。3年もあれば…」
七 「できるの?」
永世「できる… かもしれない」
七 「どっちよ?」
永世「そんなの、俺に解るわけ… あ。でも、過去だとしたら厳しいか?」
七 「過去?」
中 「どういうこと?」
永世「いや、科学的にタイムマシンを研究してる人たちがいてね。まあ、いろいろな考え方があるんだけど。未来への片道は理論上可能って意見があって。でも、過去に戻るのは無理なんじゃないかって言われてるのよ」
七 「…え?」
永世「だから、科学的にタイムマシンを研究してる人たちがいてね。まあ、いろいろな考え方があるんだけど。未来への片道は理論上可能って意見があって。でも、過去に戻るのは無理なんじゃないかって言われてるのよ」
七 「…え?」
永世「だろうね!」
中 「2回聞いても…」
永世「だろうね! 結果。無理じゃないのってこと!」
七 「…でもでも、3年後の私はきたよ」
永世「今は、今の話してるから。3年後にはいろんなことが爆発的に解明されて。技術も格段に進歩して。過去にも戻れるようになってるかもしれないし」
七 「なるの?」
永世「なるかも」
中 「ならないの?」
永世「ならないかも」
中 「おお。肝心なところがぼんやりだ」
永世「俺、別に、タイムマシンとなんの関係もないから」
中 「博士」
永世「博士じゃないし」
七 「ヒロシ」
永世「ヒロシって誰だよ? あ、博士の読み方を… めんどくさいボケだな!」
七 「…なんだよ。結局解らない」

七、CDを掲げる。

中 「…」

中は考え込んでいて見ていない。

永世「あれ? 言わないの?」
中 「…何が入ってるって?」
七 「3年後の私のこと…ってしか」

七と中、CD-R を凝視。

永世「見てみれば」
七 「は?」
永世「え?」
中 「は?」
永世「え?」
七 「バカ」
永世「な?」
中 「おバカ」
永世「あ?」
七 「アルパカ」
永世「は?」
中 「パカパカ」
永世「どういう脱線の仕方… パカパカってなんだ?」
中 「ばれた」
七 「恐いだろ!」
永世「見なきゃ解らないだろ」
中 「いやー 恐いよね」
永世「だから、見なきゃ解らない…」
中 「もしも。もしもだよ。ものすごく不幸になってたら?」
永世「え?」
中 「七が不幸になってたら?」
七 「悲しすぎる!」
中 「仕事がこのまま見つからなくて、ものすごく貧乏になっていたら?」
七 「ドンペリダレカー」
永世「ドンペリじゃなくていいだろ」
中 「もしも、俺のことが全く出てこなかったら?」

水を打ったように。

七 「…」
永世「…」
中 「コメント希望」
永世「答えづらいよ」
七 「…もしも、世界が滅びそうになっていたら」
永世「は?」
七 「そんで、私に世界を守れって…」
永世「どんな設定?」
中 「七がヒロイン?」
七 「何の特技もないのに」
中 「レベル上がったら魔法覚えるんじゃ…」
永世「いい大人ども」
七 「そうかな?」
中 「どうかな?」
七 「炎とか出す?」
中 「凍らせたりする?」
永世「2人して、ゲームしすぎじゃない?」
中 「もしも、俺のことが全く出てこなかったら?」

水を打ったように。

七 「…」
永世「…」
中 「やっぱり、コメント希望」
永世「答えづらいって」
中 「なぜさ!?」
七 「それは置いとこ」
中 「なぜさ!?」
永世「でも、タイムマシンに乗るのって普通の人じゃ無理でしょ?」
中 「なぜ… どういうこと?」

立ち直りは早い。

永世「なんだかんだ言っても、3年後でしょ? 世界中にタイムマシンが普及してるような気はしないけど」
中 「まあ、確かに」
永世「でも、そのタイムマシンに乗れてる姉ちゃんって… なんだろう?」
七 「どういうこと?」
永世「俺の予想だよ。本当にタイムマシンができていたとして、それに乗れる人って限定されるんじゃないの? だって、そんな簡単なことじゃないでしょ? 一般に普及してないって考えたら、選ばれた一握りの人たちだけじゃない? タイムマシンに乗れる人なんて」
中 「うん」
永世「でも、姉ちゃんは乗ってきた」
中 「うん」
永世「だから、姉ちゃんは何者なんだろうって。いや、何者になるんだろう? って」
中 「…なるほど」

七をじろじろ見る2人。

なんだかよく解らないまま、
グラビアっぽいポーズをとる七。

永世「そういうのいらない。てか、似合わない。てか、きもい」
七 「…ぐあっ」

肉親による真正面からの否定に、
解ってはいてもショックを受ける七。

中はちょっとうれしかったのか、
ヘラヘラしている。

中 「いや、いいと思うよ」
永世「中」
中 「ん?」
永世「趣味悪い」
中 「…ぐあっ」

なんだか人間的に否定された気がして、
思わぬダメージを負う中。

だが、
どうでもいい。

そんなこと、
どうだっていい。


物語は始まらない。
これはまだプロローグ。


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Prologue 3/7



熱じゃないということは…

七 「幻だと思ったわよ。私だって。ああ、疲れてるんだなって。毎日、毎日、パソコンに向かって。毎日、毎日、人のお金計算してたら。こんなに疲れるんだなって」

強めに膝を叩く。

七 「幻見るぐらい疲れてるんだなって。やっぱり仕事やめて正解だったなって。再就職大変かもだけど、これでよかったのかもなって。だって、こんな幻見るくらい疲れてたんだなって。…でも、ほら、これが…」

七、CD-R を掲げる。

中 「七は CD を手に入れた」
永世「だから、ゲームか?」

中と七、永世を見る。

永世「…なんで、俺を見る?」
中 「どういうことだろう?」
永世「なんで、俺に聞く?」
七 「お姉ちゃん。解らない」
中 「お姉ちゃんの彼氏も解らない」

いわゆる、
ムチャぶりというヤツである。

しかし、永世にとっては自分の才能…

趣味趣向を披露する、
絶好の機会を手に入れたということでもある。

そして、永世はそんな数年に1度あるかないかの機会を…
ずっと待っている男だったりするのである。

永世「…もしかして」
七 「きたきた」
中 「もしかして?」
永世「タイムマシンかも」

ここで話は個室の外へ。

店 「…何事か?」

七の他にも、
現実を理解できていない人間がもう1人いる。

店 「…何事か?」

そう。
ここ蛮臥廊の店主である。

厨房にて得盛りセットの肉を切りながら、
個室から出入りする人間を見ていた男。

48歳。
愛する妻と娘が1人。

炭火焼に。
そして、肉の鮮度に命をかける男。

その男の頭の中に…

とても美しい明朝体の、
クエスチョンマークが浮かんでいるのである。

肉なんか切ってる場合ではないのである。

みるみる鮮度が落ちていく肉のことすら、
目に入らないほどの立派なクエスチョン。

店 「何事か?」

口癖を呪文のように繰り返している。

頭の中ではつじつまをあわせようと、
さまざまな想像が…

店 「双子なのか? いやいや、よく来るお客さんだし。そんな話したことないな。したことない…」

ぶんぶんと首を振る。

店 「姉妹? いや、似すぎだろ。…いやいや、似すぎだろ」

自分で2度否定してみる。

店 「て、ことは… 何事か?」

ちょっと整理してみようとする。

店 「個室には男女3人いた。いた。」

自分で2度確認する。
自分のことが少し疑わしくなっているのかもしれない。

店 「男が出ていって、男が出ていって。…女が入った」

この女は、
最初の女と同じ顔をした女である。

店 「個室の中から『お断りよ!』という叫び声がして」

七イズム。

店 「女が出てくる。会釈される。会釈を返す。そしたら、男が戻ってきて。男が戻ってきて… 耳を澄ますと個室から女の声がしている」

店主の首が、
ぐいっと右に傾く。

店 「あの女は会釈して帰ったはず…なのに」

右耳が肩につきそうだ。
その前に首が折れてしまわないだろうか?

店 「何事か?」

でた、『何事か?』。

店 「どういうことだ? あれは誰だ? 何事か? 出ていかなかったのか? いや、いったわ。何事か? じゃあ、個室にいるのは? …服が違うか?」

肉を切る手は止まっている。

疑問は疑問のまま、
肉の鮮度だけが落ちていく。

店主は自分の頬を叩いてみた。

全く痛くない。

もう1度叩いてみた。

やっぱり痛くない。

店 「なんだ夢か」

店主は少しほっとした。

店 「夢じゃしょうがない。何事でもない。ああ、びっくりした」

なんの気なしに包丁の刃を触ってみる。

手入れされた包丁は、
店主の人差し指の皮をさっくりと切った。

店 「ほら、痛く… 痛い。いたーい」

皮の隙間から、
赤いものが溢れてくる。

店 「血が、血が…」

あわててキッチンペーパーをとる店主。

店 「痛い。ってことは夢じゃない。…あれ?」

もう1度、
頬を叩いてみる。

ちょっと強めに。

店 「痛い。 …俺め。さっきは加減してたのか」

無意識の自分への優しさに振り回され、
見なくてもよかった血を見る店主。

自分のバカさ加減のその向こう…

さらに美しく、
さらに大きくなっていく明朝体。

そして、
鮮度は落ちていく。


物語は始まらない。
これはまだプロローグ。


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Prologue 2/7



七 「…はい?」

聞かれたところで、
男たちはなんと答えたらよいのか解らない。

中 「…ん?」
永世「…まあ、会ってるっちゃ会ってるのかな。2人称? 違うな」
中 「違うね」

うっすらと、
バカな空気が浸食していく。

七 「そういうことじゃないのよ」
中 「違うらしい」
永世「ポエム? 違うね」
中 「違うね」

ちょっと濃い目に、
バカな空気が浸食していく。

七 「私。私に会ったの」

バカな空気に抗う七。

永世「精神世界的な?」
中 「違う… いや、間違ってないかも」

バカな空気は正解を導き出させない。

七 「それで、これをもらったの!」

3人、CD-R を見る。

中 「…何?」
永世「何のファイル?」
七 「…うまく説明できない」

七は頭をかきむしる。
男たちは顔を見合わせる。

中 「ゆっくりでいい。解るように言って」
七 「いやだ!」
中 「おお」
永世「ここででるか。七イズム」
七 「うそ。言う」
中 「まあ、いつでもいいけど」
七 「だから、中が電話しにいって。永世がトイレ行って。…そしたら、女が入ってきて」
中 「女?」
七 「どっかで見たことあるなーって。よく見る顔だなーって。あれ? 誰だっけ? 知り合いだっけ? 毎朝、この顔に口紅塗ってるなーって。…いや、私だ! って」

七は何もない宙を見ながら説明している。
カクカクと動く姿が操り人形のようだ。

中 「七なの?」
七 「だから言ってるじゃない!」

七の拳が、
中の肩口を捉える。

中 「うっ…」

悶絶する中。

永世「…ドッペルゲンガー」
中 「何?」
永世「だから、ドッペルゲンガーなのかなって」
中 「ドイツのサッカー選手?」
永世「違うわい。ドッペルゲンガー。自分の姿を第三者が違うところで見るとか。自分の目で、違う自分を見ることだよ」
中 「ベッケンバウアー」
永世「それ、サッカー選手だろ」
中 「…ん? それ、有名?」
永世「有名」
中 「ベッケンバウアー?」
永世「学習しないの?」
七 「ドンペリカイザー」
永世「お金持ちだこと。ドンペリの皇帝はかなり偉いだろうね」
中 「イッペンカイザー?」
永世「なれるならね。いっぺんでいいから皇帝になりたいもんですよ」
七 「ドンペリダレカー」
永世「おごって欲しいのか? ドンペリ、誰かーって。おごってくれる訳ないでしょ。高いんだから」
中 「ペリカンドコダー」
永世「動物園にて」
七 「カニカンサイダー」
永世「超不味そう」
中 「シンケンタイガー」
永世「逃げないと。食べられちゃう」
七 「えっと、えっと…」
永世「もういいわ!」
中 「…永世は難しいこと知ってるね」
永世「後半、関係ないだろ」
七 「で、何?」
永世「本当に知らないの? ドッペルゲンガー現象。もう1人の自分を見ると、死期が近いって言われてるんだ」
七 「四季? 劇団?」
永世「違うわい」
中 「難しい単語で混乱してるんだよ」
永世「簡単に言うと、自分のドッペルゲンガーを見た人はそのドッペルゲンガーによって殺されるという言い伝えがあるの」
中 「ほう」
七 「…私、生きてるよ」
中 「ほう」

バカな空気は、
人のやる気を根こそぎ奪う。

永世「ああああ。ドッペルゲンガーって言わなきゃよかった」
中 「…その、とんがり坊やーではなさそうだね」
永世「そろそろ怒るよ」

七、立ち上がる。

中 「何?」
七 「話題を取り返す!」
中 「ああ。ごめんごめん。永世が訳解んないこと言い出したから」
永世「はいはい。すいません」

七、CD-R を掲げる。

中 「七は CD を手に入れた」
永世「ゲームか?」
七 「私が私に言ったの。ここに私の3年後のことが入ってるって」
永世「3年後?」
七 「私が私に言ったの。『中を見なさい。そして、未来を変えなさい』って」
中 「未来?」
七 「だから、言ってやったわ。『お断りよ!』って」
永世「でた、七イズム」

中、七の額を触ってみる。

中 「熱はない」
永世「ほう」

熱じゃないということは…


物語は始まらない。
これはまだプロローグ。


Prologue 3/7 へ

Prologue 1/7



誰かが言っていた。

今というヤツは、たった数秒のことらしい。
その前は過去で、その先は未来。

そういうことらしい。

でも、人間は今にしかいられない。

なぜなら、過去には戻れないし。
数秒後の未来は、そのときの自分にとっては今なのだから。

結局、今を生きている。

たった数秒の今。

そして、誰にも解らない。

未来がどうなるのか。
そこで自分がどうなっているのか。

もしかしたら、
世界はとんでもなく変わってしまうかもしれない…

もしかしたら、
自分がその変わってしまった世界の救世主なのかもしれない…

それは、誰にも解らない。


物語は始まらない。
これはまだプロローグ。


Prologue



炭火焼の店「番臥廊(バンガロー)」の個室。

テーブルの中央に火鉢がセットされ、
その上には網が敷かれている。

天井では換気扇がぐるぐる回っている。

女が座っている。
女の名は七(ナナ)。

七は呆然と座っている。

男が個室に入ってくる。
携帯を手に。

男の名は中(アタル)。
七の彼氏。

中 「…お前がしまったファイルの場所なんか知るか」
七 「あ?」
中 「課長。自分でしまったファイルの場所忘れたんだと。『見てないか?』だって」
七 「ああ」
中 「そんなことで、休日中の部下に電話してくんなって話だよ」

1人足りない。

中 「…あれ? 永世は?」
七 「トイレ」

七は呆然と座っている。
視線は定まらず、ちょっと口が開いている。

中 「…どうしたの?」
七 「…は?」
中 「何?」
七 「何が?」
中 「何で魂抜けてるの?」
七 「…え? ああ」
中 「ん?」

七は手に CD-R を持っている。
それに気づいた中。

中 「何それ?」
七 「…ん? …ああああ!!」
中 「ああああ!! って何? 恐いやん」
七 「持ってる」
中 「何? CD ?」
七 「データ」
中 「データ?」
七 「らしい」
中 「らしい?」
七 「ファイル」
中 「ファイル?」
七 「らしい」
中 「らしい? ずいぶん曖昧だな」

男が個室に入ってくる。
男の名は永世(エイセイ)。
七の弟。

永世「…狭いな」
中 「ん? …トイレ?」
永世「いや、世界」
中 「…そう」
永世「もう頼んだ?」
中 「まだ。…だよね?」
七 「…ん?」
中 「メニュー注文した?」
七 「…まだ」
永世「フワフワしてるな」
七 「ん?」
永世「ここにあらず」
中 「永世は決めたの?」
永世「まだ。でも、あれは頼んだんでしょ? 得盛りセット」
中 「うん」
永世「じゃあ、サラダとか…」

永世、メニューを見る。
七は相変わらず魂が抜けている。

中 「…七?」
七 「ん?」
中 「どうしたの?」
七 「…信じないと思うよ」
中 「何が?」
七 「言っても」
永世「何の話?」
中 「これ」

中、CD-R を指差す。

永世「何それ?」
七 「…ん? …ああああ!!」
永世「ああああ!! って何? 恐いやん」
七 「持ってる」
永世「何? CD ?」
七 「データ」
永世「データ?」
七 「らしい」
永世「らしい?」
七 「ファイル」
永世「ファイル?」
七 「らしい」
永世「らしい? ずいぶん曖昧だな」
七 「ああああ!!」
永世「ああああ!! って何?」
七 「デジャブ?」

七の目は、泳ぎまくっている。

中 「いいや。リピート」
七 「なんだ、リピートか」

古式泳法ぐらいには落ち着く。

永世「何? 全然、解らない」
中 「俺も解んない」
永世「…中の彼女だろ。この人」
中 「…永世の姉さんだろ。この人」
永世「そうだけど」
中 「そうだけど」

2人とも答えのない会話だと気づく。

中 「…どうしたの?」

七、水を飲む。
ちょっと口の端からこぼれたが構う様子などない。

七 「…驚かないでね」
中 「了解」
七 「信じてね」
永世「了解」
七 「私は、いたってまともだからね」
中 「了解」
永世「了解」
七 「…私」

その目はしっかりと開かれている。
曇りのない黒目。

中も永世も、真剣に聞いている。

七 「私に会った!」

天井では換気扇がぐるぐる回っている。
その音だけが個室に響いている。

中も永世も、
時間が止まったかのように動かない。

七 「…え?」

予想外の無音に耐え切れなかったのは、
その空気を生み出した張本人。

七 「…はい?」


物語は始まらない。
これはまだプロローグ。


Prologue 2/7 へ

Note 1



Note とは、

Mug 管理人からのお知らせや報告。
その他、四方山話なんかしていこうかなーというモノです。

ということで、
月の裏側の連載から1週間くらいですかね。
たくさんの方々に読んでいただき、本当にありがとうございました。

並べ替えも終了しております。
今後は 1/7  から読んでいただけるかと。

それに伴い、
Mug の読み方等をまとめた Manual ページを作成しました。

楽しむ際の参考にしていただけたらと思います。

さて、次回ですが…

準備中です。

近いうちに、第1話だけでも公開できればと思っております。
もうしばらくお待ちください。


公開した際は、
Google+Twitterfacebook などでお知らせいたします。

こちらもよろしくお願い致します。

月の裏側 1/7


 
ふるさとは遠くにあって思うものらしい。

弟「遠いから少しは優しくなれるのかもしれない」
母「自分の周りには、新たな些細なものが溢れているから」

どうでもよくなるのかも。

弟「余計なものが遠くに霞んで」
母「大事なものだけが見えるのかもしれない」

それでも、一旦近寄れば。

弟「些細なものがまた溢れて広がって」
母「きっとまた同じことを思う」

ふるさとは遠くにあって思うもの。

弟「変わっていくことから目を背けて」
母「いつか後悔することにも蓋をして」

見えない月の裏側も、
本当はそこにあることを私はちゃんと知っている。



月の裏側


それは『いつも』の繰り返し。

何度『うん』と『はーい』と『じゃあね』と『切るよ』を言えばいいのだろう。

公平にあほって伝えて。
そう言ったら、やっと笑って話が途切れた。

その隙間に、私はまた4つの単語を詰め込んで電話を切った。
心の奥底からため息が漏れる。
携帯の通話時間は1時間20分を過ぎている。

こっちから掛けた訳じゃないから、料金の心配はしなくていいのだけど。

それにしても、『いつも』話が長い。
私はほとんど聞いてただけ。
8割以上向こうのお喋り。

そして、話に内容が無い。

何の話をしてたのかすら、
覚えてないってどういうことだ?

記憶の糸を手繰ってみると…

そうだ。
隣の鮫島さん家のネコがいなくなったんだ。
それだってたいして珍しいことじゃない。
しょっちゅう。
ほとんど毎日。
1年に330日くらい。
で、何もなかったようにネコは帰ってくる。

ほとんどの人は、
それを『散歩』と呼ぶ。

散歩中のネコを探すほど、
ムダなことがあるのだろうか?

鮫島さん曰く、旦那さんが亡くなってからは、
ネコが唯一の家族とのことだ。
大事な大事な1人息子とのことだ。

それなのに、
ネコに名前をつけてない。

鮫島さんはネコを『ネコ』と呼ぶ。
『ネコ』はネコだと正論ぽく喋る。

意味が解らない。

その度に合ってない入れ歯がカクカクと揺れ、
他人を不安な気分にさせる。

『ネコ! ネコや!』と。
散歩中のネコを追う鮫島さんを、
1年に330日くらい見かける。

地元を離れて随分になるが、
未だに追いかけているようだ。

そのうち帰ってくるのに。

なぜか数年前から、
母さんもネコを見かけると捕まえようとしている。

ムダにムダを重ねている。
なぜかは聞かない。
聞いたって、さらにムダを重ねるだけだ。

ん? それがどうやったら1時間20分になる?

ネコの話なんて最初の何分かだけだ。
それに、私に聞いたところで解る訳もない。

何の話をした?
違う。
聞いてた?

記憶の糸を手繰ってみると。

公平か。
うん。公平だ。

弟「で? 姉ちゃんは元気にやってんの?」

母さんは無言で公平を見ている。

弟「なんか付いてる? 母ちゃん?」
母「あほ」
弟「なっ?」
母「『伝えろ』って。さやかが」
弟「それは伝えなくてもいい『伝えろ』だぞ」
母「…忘れた」
弟「は?」
母「元気なのか、聞くの忘れた」
弟「ボケた?」

母さんは手元にあったみかんを投げた。
公平は上手いことよけたが、はずみで柱に肩をぶつけた。
それを見て、母さんは満足そうに笑った。

弟「痛。…っていうか、何の為に電話かけたのよ?」
母「まあ、さやかも何にも言ってなかったし。聞かなかったし。病気なら病気っていうだろ?だから、まあ、なんだよ。またそのうち」
弟「いいのか? そのうちで。明日だろうが?」
母「大きなお荷物が、偉そうに母親に説教すんじゃねえよ!」

そういって、またみかんを投げる…フリをした。
みかんは投げなかったが、公平はまた柱にぶつかった。

弟「痛。…肩と …心と …拳が痛い」

それは『いつも』の繰り返し。

今と昔と未来の真ん中で。

私は知らないフリをする。


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